藤井麻輝 プロフィール
藤井麻輝 属性プロフィール
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藤井麻輝 プロフィール概要藤井麻輝(ふじいまき、本名:藤巻靖人1965年8月17日 - )は、日本のミュージシャン。血液型はB型。長野県飯山市出身。妻は元モダンチョキチョキズのボーカルで現在はタレント・女優の濱田マリ。
藤井麻輝 プロフィール詳細
経歴
ソフトバレエ以前にはツァイトリッヒ・ベルゲルダー、ヴォラージュ等のインディーズバンドに参加。1986年にソフトバレエを結成。1989年メジャーデビュー。1991年BUCK-TICK・今井寿とのユニットSCHAFTを結成。1994年SCHAFTを本格始動1995年ソフトバレエ活動終了。その後ソロユニット・She-Shellや他アーティストのプロデュースワーク等で活躍。 再結成ソフトバレエ(2002年~2003年)を経て、現在は女性ヴォーカリスト・芍薬とのユニット睡蓮が主な活動の場であるが、音源のリリースにはなかなか漕ぎ着けず、POP STAR(ソフトバレエ、endsの音楽事務所)康原社長のブログに「ひと月にワンフレーズのペースで進行しているらしい。」と書かれるほど、膨大な時間をレコーディングに費やしていた。そして、2007年9月26日にiTunes Storeから初のシングルを配信リリースした。 また2007年12月19日に1stアルバムとなる「音ヲ孕ム(ネヲハラム)」をリリース。なお2007年12月26日に開催されたライブイベントJACK IN THE BOX 2007にて同アルバムにゲスト参加したacid androidのyukihiroと共演した。
人物
自他共に厳しい性格。ライブ会場の控え室でスタッフを蹴ったのをBUCK-TICKの今井寿と樋口豊に目撃されたことがある。いつでもどこでも怒っている印象が強かったため、音楽誌で「藤井魔鬼」とまで書かれたことも。ただし妻と娘、猫だけは別の模様。冨田勲の『展覧会の絵』に感銘を受け、音楽に目覚める。インダストリアルやノイズミュージックに傾倒してしまったせいで、彼の音楽性においてはポップミュージックとアバンギャルドの概念が入れ違いになっている。ソフトバレエ時代、ポップソングとして自信満々に作ったEscape-Rebuildがほとんど話題にならなかったことに非常にショックを受け、このときのトラウマが以後の作品に影を落とす事となる。父親が医者であり、本人も医大を目指し東京の予備校に通っていたが、ソフトバレエの結成に伴い医者の道を断念している。なおソフトバレエ活動時は実家の病院にポスターが貼ってあったと藤井は証言している。高校生の頃は化粧をして学校に登校していた。しかし、授業が始まる前にはちゃんと化粧を落としていたという。言うならば、不良の格好をした秀才といったところ。ソフトバレエ時代は、生活習慣がルーズな森岡賢の説教役。あまりの遅刻の多さに激怒し手が出ることもしばしば。ROCKIN'ON JAPANのインタビューで「ゴムを噛む」「歯医者で詰めた綿の匂いを嗅ぐ」などと発言、このインパクトによるパブリックイメージを本人は後に後悔している。ROCKIN'ON JAPANの投稿欄に「本人だ!」と投稿し採用された。編集部は当時の所属事務所を通し確認をした上で掲載している。モダチョキ時代の濱田マリの大ファンで、CDを自分で購入したりしていた。初対面は雑誌の編集者に頼み込んで実現させた対談であった。その後も遠藤遼一のラジオ番組を半ば乗っ取って対談をしたり、濱田マリが後にテレビ番組「メレンゲの気持ち」にゲスト出演し、藤井とのなれそめを聞かれた際「ストーカー同然だった」と公言するほどの執拗な接触を繰り返し、結婚に至る。曰く、「美女と野獣の結婚」。ソフトバレエの再結成に関し、最後まで抵抗した。藤井の中ではソフトバレエは既に「終わったバンド」でしかなく、今更やる理由が見つからないというのが主な理由だった。結局のところ、「かつてのソフトバレエを徹底的に潰す」という藤井らしい決意の元、同意に至った。
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